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春秋3 慶元府天童山の宏智禅師(*)、丹霞和尚を嗣ぐ、諱名は正覚和尚。云く、 「若しこの事を論ぜば、両家(2人)の著碁(囲碁)するが如くに相(あ)い似たり。汝我が著(打つ手)に応ぜずば、我れ即ち汝を瞞じ去ろう(*)。若し恁麼いんもに(そのように)体得せば、初めて洞山の意を会すべし。天童(*)免がれず1個の注脚を下すことを。 裏頭看勿寒暑。 直下滄溟瀝得乾、 我道巨鼇能俯拾。 笑君沙際弄釣竿。 (裏頭に看るに寒暑勿(な)し(*)。 直下滄溟瀝り得て乾けば(*)、 我は道(言)おう巨鼇能く俯して拾う(*)。 笑うべし君が沙際に釣竿を弄するを*)」 (「宏智広録」巻4)。 しばらく、著碁はなきにあらず(*)。作麼生(そもさん)か是れ両家(*)。もし両家著碁と言わば、8目なるべし(*)。もし8目ならば、著碁にあらず、いかがか。いうべくはかくのごとくいうべし、著碁1家、敵手相逢なり(*)。しかありというとも、いま宏智の言う「汝不応我著」(汝我が著に応ぜずば)を、こころをおきて功夫すべし。身をめぐらして参究すべし。「汝不応我著」というは、「なんぢ、われなる筈なし」ということなり。「我即瞞汝去也」(我れ即ち汝を瞞じ去ろう)も、見すごすことなかれ。泥裏泥有り。蹈み込んでしまった者は足をあらい、また纓(*)をあらう。珠裏珠有り。光明を発し、かれをてらし、自らをてらすなり*(つづく)。 *宏智禅師: 宏智正覚(1091-1157)。宋代の曹洞宗系の禅僧。道元の時代、宋では実は臨済系の公案禅が盛んであった。しかし道元は黙照禅に大きな影響を受けた。「正法眼蔵」坐禅箴(ざぜんしん)の巻には、宏智正覚の「坐禅箴」が収録されている。 *我れ即ち汝を瞞じ去ろう: (お前がこちらの言葉を理解しようと勤めなくては)私の言葉がお前に分かるはずがない。 *天童: 当時の天童山の住職・宏智禅師のこと。自分を指している。住職は寺の名を自分の名に用いることが出来た。 *裏頭に看るに寒暑勿(な)し: 裏側の頭(脳髄内)を見たところ、寒暑はなかった。寒暑は体の外部にしかなかった。 *直下滄溟(そうめい)瀝(したた)り得て乾けば: いっぺんに滄溟(大海)が底の穴からこぼれて干上がってしまえば。 *巨鼇能く俯して拾う: 大海亀を下を向いたままで只拾うことが出来る。 *笑うべし君が沙際に釣竿を弄するを: 悟りを開いてしまえば寒暑などないのに、どうしてそんな簡単なことをやらないで、大海亀を拾い集めることをせずに見当違いな砂際の場所で釣竿を振り回しているのだ。 *著碁はなきにあらず: 初めの洞山の問答と囲碁は無関係ではない。 *作麼生(そもさん)か是れ両家: 「作麼生(そもさん)か」とは、「如何なるか」の意味。「両家」(2人)とはどういうことか?と質問している。 *8目なるべし: 弱い側に8目も最初に置かせてから囲碁をするのでは弱すぎる。これでは囲碁になっていない。そのような話にならない状態だと言っている。囲碁は2人がそれぞれ自分勝手にするものではない。2人がまるで1人であるかのように、呼吸が合ってこそ見事な囲碁に成る。そうでなくてはそもそも囲碁といえないといっている。 *著碁1家、敵手相逢なり: 囲碁は2人がまるで1人であるかのように呼吸を合わせてするものである。その対決の中で、1人の敵手が2人になって相(あ)い逢うのである。 *纓(えい): 冠のひも。 *泥裏泥有り。蹈み込んでしまった者は足をあらい・・・: 真実と虚偽ははっきりと分かれており、洞山の言葉を真に理解出来た者だけが悟りを開くことが出来る。 |
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